ウイズ・キャリア

 花粉症の人はいつもマスクだけども、喘息だと息苦しいので、もともと嫌いで付けたことなかったんですけど、もはやエチケットだから慢性的に付けてます。先日ふと思ったんですけど、人工呼吸器も今は好いものが使われているんでしょうけど、昔の場合で申しますと、喘息など息苦しい場合、外したくなったのではないかと・・・。

 ちなみに喘息投薬にはネオフィリンが多く、大腿四頭筋短縮症とかひところ問題になりましたが、しょっちゅう太ももに注射。長じては静脈注射です。
 けど、キャリアですから、そんなもんでは効くはずがないんです。
 左腕にステロイド剤の筋肉注射してもらったり、プレトニンの比較的高濃度の黄色いのなど服用。ケツも若干シコリありますけど、左腕は外形もやや変形気味です。

 その後、ステロイドが危険視され、吸入式の気管支拡張剤も出回るようになり、一時的に効くんですけど、これも危険視され始めましたが、やっぱり効きが持続せず、最後はいつもステロイド。
 ええ・・・効くんです♡
 注射一本、また、高濃度の製薬服用で、激しい発作がウソのように収まり、長じては、叱られますけど、タバコ吸いながら「ぐでんぐでん」までサケ飲めるようになる。

 最近はシムビコートなどステロイド剤も注射や飲み薬でない、微細な粉末の吸入で気管支拡張作用と予防効果が高く、私的にも極めて高評価です。

 しかしそれでも、もともと副作用もありますし、長期連用により、投薬しないと副腎皮質ホルモンが自然には分泌されなくなる依存性があるほか、副腎など器官自体が萎縮して機能不全の可能性もあるとか・・・。
 お医者様とご相談の上、アレルギー体質以外の方は、感染症の治癒後は、なるべく投薬されないことをお勧めいたします。

 もっとも、普通の人でも気候や軽い風邪で息苦しくなること、ありますよね。
 元々たまに激化したんですが、それまで8年ほど離れてたんスけど数年前からたまにひどくなり、ここ最近では二年ほど前まで3年以上ほど毎日連用(一日一吸入にしました・・・)する羽目になりまして、今は、急発進急制動は身体に悪いので徐々に減らしていき、ひと月近く用いないこともあります。

 薄幸なる「キャリア組」からいたしますと、軽いスポーツもやれますし、とても好い薬ではあります。
 まあ、息苦しくて動けなくなったり眠れなくなってもいけませんから、そのまま私らみたいに死ぬまで投薬されても、やむを得ないケースもあるかも知れません。

 ただし、他の原因もあるかも知れませんが、もともとアレルギーとか膠原病は単数若しくは複数の特定物質や自己自身の身体に対して過剰防衛反応がある過剰免疫反応とされて居り、治療法として免疫力を落として「正常化」「健全化」を図ろうとする。その一つとしてステロイド剤などの投薬があるのでしょう。

 けれども、そうでない人がステロイド剤等を常用することは、もはや免疫機能が期待出来ない高高齢者以外には、免疫を低下させることとなり、長期連用は望ましく無いことになりましょう。

 前もちょっと言いましたけど、薬品で殺菌する手洗いもうがいもアルコール消毒も、細菌感染に対する対抗力を弱めるので、一考の余地があるんでしょう。もちろんしばらくはコロナ等危険が多いので、やむを得ませんが、ちょっとくらいの菌力に負けちゃいけないんです。

 もちろん医療チームには、もはやエーエンに、セリエ博士がいらっしゃいまして、体質には心身症ということも関わり、主には精神面で「未来」ということが関係している、とも言われました。
 Xデーを待つまでもなく、享楽的で頽廃した投げやりな日々を過ごしませんか、みたいな?

 コロナで息苦しさに関する「クランケ化」が進んだかもしれないな、と心配になりまして、お医者様には悪評かも知れませんが、一言。

 コロナでは後遺症もあるそうで、一部身体機能が戻らなかったり、あと、アレルギー状態の時に身にふれていたものがアレルゲンになったりするように、形状記憶合金型の、病態を身体が憶える面もあるんでしょうね、残念ですけど。
 不思議ですね。身体というのは。世代交代ばかりでない、生涯にわたって変化し続ける。

 日常よく耳にします深い悩みとしましては、お互い心細かろうし、一人暮らしの子ども、単身赴任等で離ればなれの身内、老いた両親などを放って置けない。
 お互い、事故や病気もあるので何時死ぬかも分らんわけでしょう?まずいけど、会わんならん。
 仕事も減って、まずいけど、何処でも行かんならんし、来てもらいたいとか、通学もあるので、まずいけど、行かんならんとか。

 いくつかぶっちゃけました。
 どう答えても叱られましょうけど、引き続き、極力迷惑にならん程度に、三密を避けるなどに留意しつつ、大都市圏を除外したりされず、お互い思いやりを持って注意深くそおっと動きましょう。

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 大慈大悲の博愛、無差別平等、他者同士喜び合う友好に確固たる信頼を持ち、瞬時も、毛も揺らぐことが無いとはいえ、権力も、当分の間、あるまま、やり合いも、当分の間、続くまま、ですので、非常に面倒ですが、統御ということが問われましょう。
 ことに、クーデター状態とか独裁政権とか、E側やW側にとって好都合なケースがあるので、独裁やクーデター状態を容認若しくは黙認しているわけで、私もその一人になっていることが無くも無い。
 ここらで改めて、三権分立の歴史的意義と在り方を、しっかり学び直しておくべき、と思っています。

 また、イギリスとEUの関係も更にギクシャクしているとのこと。私的には離脱はどうかなと思いますが、人間同士の間では、分離・分裂・独立しても、融合統合しても、相互に喜べて嬉しく友好的で、仲睦まじいのが一番です。

 光円寺HP「サーチ」2020.2・8で迫ってみました事柄の一つは、相互に批判は好いが、排除と圧力はほどほどにしておくべきでしょう、ということ。
 いま一つはやり合うのは避けられませんし、自己を伸ばそうとするのは当然自然で、どの国も、軍と言わずさまざまな三権の機関も、民間のグループも、党派も、会社も、諸個人も、全くそうあるべきかも知れません。しかし火傷する摩擦の熱は、なるべく少ない方が好くありませんか?

 そう・・・ディアレクティクに於いては分裂だけが主要なのではなく、分裂で既に全体の性質が変化すること、それぞれが相互に作用し、浸透し合っていくこと、融合も融合主体全部の性質が変化すること、時には静かに、時には急激に、変化する。
 ですので、一が他を食い破る、というよりも、全部の性質が変化し続けていく、というのが正確な観察と思います。固定的なものではありません。

 ただ、人間社会の場合には、どうでしょうね・・・。ディアレクティクは主として自然科学の一面であって、心理や意識には適用または準用されるかも知れませんけど、共同性みたいな主観となりますとこれは、本当は該当するのかどうか・・・。

 まあ、人類の生物自然史プログラムからして、温かい志向と姿勢も、相互浸透しますから、なるべく極端を緩和されることをお祈りいたしております。

 コロナでも貧困国・貧困地帯等々への治療薬や予防ワクチンの供給とか、いろいろ心配されていますけど、仲睦まじく差別の無いのが一番好い。考えなくても分っている事柄の一つだと思うんですが。勉強して考えても分らんこと迷うことだらけなんで、既知のことは解決済みでは無いですか。

 東アジアも、環太平洋も、歩み寄りを進められるよう祈っていますが、逆の事件ばかりです。

 平和的で友好的な連帯と協力の方が好いですから、共同体とは言いませんが、連帯的な法的な枠組みが欲しいんです。やる気があれば簡単なんですけど、国連じゃないけども、揉め続けるでしょうし、しばらく無理かもしれません。

Xデー

 コロナで明らかになったことは老・病・弱の危機。ここは老病弱三結合いただいて生き延びていただかんならんということです。これも、負けたらアカンで、負けとるけど、と。

 他に、おそらくまだ遠い未来のこととはいえ、人類のXデーが突然訪れる可能性があることが、明らかになったのでは・・・と感じます。

 細菌との共存や利用もありますが、細菌との闘い。そればかりではありません。
 もちろん核戦争や地球環境の汚染や変動、巨大隕石も心配ながら、数十億年先の太陽系Xデーも明らかな予定事項です。

 生命が誕生してから今までの時間よりも、これから生命滅亡までの時間の方が短い。既に生物全体の寿命は中年を過ぎているんですね、残念ながら。

 金属などの塵カケラも無駄にせず、ここまでにはここに到着して、そこもダメになるから次は・・・という太陽系脱出プロセス、真面目に考えておくべきでしょうけど、可能性有るんでしょうか?

 1000億年以上先の物質の崩壊とか、真空崩壊その他のXデーが計算や注視される時代ですが、宇宙が未知の間はまだ「確定」ではないわけでしょうけど・・・。まあ、それまでにもいっぱいありそうです。ウソでもSFでもなくて。

 ホモ・サピエンス生まれてまだ20万年ほどの若造なんですけど、しばらくは何世代もの人生に関係しないので普段考えませんが、それなりには意識の念頭に置かれるべきかと。
 取り敢えず、100年・・・いや、千年・万年単位ですと、国の構成も変わっているでしょうし、多少エゴイスティックでも多少プライヴィット志向が強過ぎても、何とか生き残っててくれよ、と願うばかりです。

阿、

 ゲレンデも競合淘汰は避けられませんけども、ゲレンデ可能地域は少ないので、希少価値という側面もございましょう。地域各位に於かれては、好く思量いただいて今後に資していただければと存じます。

 麵’sらいふですけど、6月頃から暑くなっていく期間には、麵の太さとゴニョゴニョした「まったり感」や熱気を忌避して、ソーメンとか冷やし中華でしたけど、激暑の頂点から何故かラーメンとか熱いものも。

 まだ汗ばむ日もありますから本格的には少し先でしょうけど、そろそろ、うどん・そば・ラーメンになるんでしょう。
 ただし、塩分と栄養バランスには、十分にご留意いただきたいと思います。

 何度かふれましたけど、FMエアチェックした「昼の歌謡曲」の小柳ルミ子さんは3?歳のままですし、「軽音楽をあなたに」もたまにエアチェックしました。たしか中盤以降、放送が無くなる間近でしたか、コンテンポラリー・ダンス・ミュージックとかダンスフロアへようこそ、ケイオンガクヲ、アナターニ!みたいなのがありました。
 ユーチューブなどを利用してPCのお気に入り機能でナンバーの目録作ってますけど、あの頃はLP買い集めてましたし、レンタル時代になってからもCDなど集めてましたが、PC動画時代のアーティストの権利保護には十分配慮いただきたいものです。

 ミュージックシーンも主にはハードロックやメタルやパンクからフュージョン、ディスコとかになっていった時代ですが、多くの楽想が創造されました。
 なかなかユニークとかクリーティヴが難しいのかも知れませんけど、なかで、ちょっと前TV放映されたパフュームは、若い、ややコアというか濃い目のものも融合しながら、比較的ライトでデジタルでポップでクリヤ、スプリングから湧くような音の粒が感じられます。振付もユニークですね。
 平原さんの吟遊詩人型の歌唱とはまた違う創造性を感じます。

 各方面のアーティストの方々も、コロナでまだしばらくは十分動けずに居られるかも知れませんが、注意深く危険を避けられつつ、粘り腰で進まれることを祈って居ります。

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 911が過ぎました。ペシャワール会の故中村哲先生は、湾岸戦争後の度重なる米軍による空爆が招いた、と言って居られました。
 ただ、アラブ有志のハイジャックと自爆攻撃もやはり犯罪で、犠牲者の方々を追弔いたします。

 先ごろ寺のHPのコラム「サーチ」で攻究いたしました戦略爆撃の思想をモチーフとした私たちの在り方。痛むべし、悔やむべし、解脱すべしということに尽きましょう。
 改めて和平の意義をかみしめ、邁進したいと思いますし、各位にもその旨お願いしたい。

 差別とか抑圧とか、分断とか、権力とか支配とか、その武力や暴力その他による行動、イジメにも通底するいろいろを抱えながら、どう我々が自身のそれらの性質を統御していくのか。

 人間改革としては超長期的テーマであると同時に、一瞬も先延ばししてはならない、喫緊の、和平と友好と軍縮という具体的な政策テーマ、国際社会の法治的なテーマと存じます。


 
 国政関連では、自民総裁に菅さんが選出されました。自民は憲法改悪を目的として結党されたわけで、政権のライバルでもありますから、祝意を申し述べていいのか、どうか・・・。

 ともあれ、今後も何かとお世話にもなりましょうし、コロナに限らず事案に依りましては与野党を問わず協力いただいたり、協力いただくよう願うことも少なくないと存じます。菅さんはじめどなたにも宜しくお願いいたしますと共に、ご活躍を念じます。

 まあ、この間ずっと菅さんを含めた自民閣僚さんとも以心伝心も多かったのは事実ながら、総裁選に起たれたのは少しだけ、驚きました。

 肝心の連帯政権構想の希望ですけど、国民民主党と立憲民主党多数が合流して新党を結成、名称を立憲民主党に、代表に枝野さんが選出されました。立民は連帯政権としても中心的な役割を担われるわけで、ご活躍を念じます。

 なお、自民総裁選、野党党首選とも、岸田さん、石破さん、泉さんにもご活躍を念じております。

 先にゲレンデの護持繁栄方向にふれましたが、追記しますと、あと、胎内とかシャルマン火打とか糸魚川シーサイドバレーとかも行きましたし、ほかにも金谷山、松之山、松代、津南などファミリーゲレンデ・中規模ゲレンデがいくつもありますけど、近隣住民の方はもちろん、混んでる連休中とか、初心者のお子ちゃんと一緒に出向かれるのには好いように感じます。

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 中東が交流活発化しており、国交や和平は大いに歓迎しております。
 政情も複雑な地域なんですけど、パレスティナ、イラン等との友好を含めて今後一層和平の物質的条件を整えられ、人類本来の友好と生活を取り戻されることを願っています。

シーズン胎動!

 え~、美ら海さん、ということで、南の海と島の旅、カラフルなウインド・サーフィン、コーラル・ビーチ、エメラルド・グリーンの海・・・大、大、大ファンです!

 ただ、今年に限っては、沖縄にとりましても重要なゲインとはいえ、ウチナーツアーをお勧めしたことで沖縄にコロナが蔓延しましたこと、ほかのファンも多数居られたとはいえ、申し訳なく感じてます。

 しかし今後とも、時期をみながらになるかも知れませんが、何とか三密を避け消毒・マスクほか保安に留意されつつ、愈々、沖縄の旅を楽しまれることを念じて止みません。

 さて、まだまだコロナが続きますが、各ゲレンデのシーズン券販売が始まって居ります。

 コロナで今シーズンもヤバいかも知れない、来シーズンからにしようか、とか、いろいろ考えますけど、むしろコロナに抗して総動員態勢で応援すべきか、など一ファンとしましても思いは複雑です。

 ゲレンデに通われる方は風邪も引かれないみたいですけど、無防備に(遊ぼうぜ!)とは申せませんし、ゲレンデ行のお勧めも躊躇いたしますが、ゲレンデにお出かけの際も三密を避け、消毒・マスクほか保安に留意いただきたいと思います。
 高年齢層と持病者の方は殊にご注意願います!

 数年前から野沢・戸狩・木島平周辺・竜王・斑尾・黒姫・妙高・アライなどのラインが気にかかり始めています・・・ということで、各位、もちろん地元やお好みのゲレンデをキープされつつ、可能であれば今シーズンは野沢・戸狩・木島平周辺・竜王・斑尾・黒姫・妙高・アライのL字型ラインのどこかに、シーズン中一度はお邪魔いただけるといいな、と。一か所イチ押しよかこの方が選択肢も広がります。

 インタナショナルには欧米や南米、広くゲレンデがございますし、国内では北海道主力です。
 そのうえで、地元ファンも多いゲレンデ密集地帯のローテーションから、①野沢・戸狩・木島平周辺・竜王・斑尾・黒姫・妙高・アライのライン、②湯沢ライン、③菅平周辺・谷川岳丸沼など群馬一帯、人気の④志賀高原一帯、そして再び⑤白馬ラインに、という五つの大星団で巡りたいと思っています。

 実は、温泉や絶景、コース取り、アクセスなど魅力多数で人気のゲレンデがありますし、各位お好みのゲレンデもおありでしょう。ただ、休日など、パーキングも一杯で入れなかったり、混雑しててリフトやゴンドラ待ちでタイムロスしたり、思い通りのスノーライドが出来なかったり。一考の余地があります。

 ともあれ、引き続き選手とファンの方々を基盤としつつ、地域や小中高大学等のクラブ、ウエブや雑誌による発信の担い手、各企業、旅行関連企業、一緒に手を携えて連帯いただき、5年に一度、各地域も福々しく真っ黒にしませんか?

 キューピットも運営会社が決まり、シーパス求めました。ただ、地域メインは妙高でしょう。
 しかし私的には今シーズンはほかに斑尾メイン!としつつ千曲川沿いのどこか一回は行ければ・・・とひそかに目論んでます。費用の捻出の可否に依りますが。
 ちなみに、キューピットバレイは市近隣の方がメインになるんでしょうけど、気が向いたら行ってあげてください。

 ゲレンデの少ない東北各県も、関西以西も、旅もスノーツアーの楽しみの一つ。旅される向きもおありですし、また、地元各県民とも、盛り立てて居られることと存じます。氷点下で降雪の大分熊本辺りの阿蘇で、雪遊びにソリにスキーを楽しんでおられたシーンが懐かしく想起されます。

えぴ

 女と自由と愛と怒りの勝利。大坂さんの姿に私淑します。なお、全米オープン優勝もおめでとうございます。

 インディ500の優勝、佐藤さんおめでとうございます。過酷なレースで、TVみてて疲れましたけど。

 命運を超えた世界に根拠を持ちつつも、日ごろの私たちには命運の世界しかありません。勝敗、成否、機能や業績の問われる命運の世界では、思いっ切り頑張るけれども、安定的で勝利的な前進は非常に困難。よく勝利を得られたと感じ入ります。

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コロナ・政局

 コロナと残暑、各種災害、差別待遇など公私に亘る様々の苦難に、お見舞い申し上げます。

 米での女性や黒人等々への差別的な待遇をきっかけに、改めて私たちの内なる、血に溶け込んだ差別性みたいなもんを考えてみましたが、如何だったでしょうか。
 まあこれは根深い問題ですし、暮らしにかかわる厄介な部類に入る事柄ですので、ラジカルな解決を願いつつ、じっくりと一人ひとりのところで受け止め続けていただくしかないと存じます。

 さて、今回はコロナで問われることと久々に政局について。

 はじめに米大統領選。

 トランプさん一統の前向きは好感を持たれますが、残念ながら米差別問題と抗議の声は、いまや世界大になっておりまして、共同体安寧の為の差別撤廃と万民への生活供給の為の政策が願われましょう。

 私の方向は予て鮮明ながら、愈々、政権交代を待ち望む声が高まっているのでは?

コロナで問われること

 レムデシベルやステロイド剤ほか、治療も好くなってきたのでしょう、加えて、夏場ですので、本来ならコロナ系ウイルス禍も減少していてもおかしくないんですが、油断ならないんで、困ります。

 しかもインフルエンザ同様、古来、冬場に向かって蔓延と重症化が懸念されます。

 残念ながらコロナでハッキリしたのは、年寄りと特定の病気のある人には、コロナに限らず、あらゆるウイルス感染は生存の存続を困難にし、免疫についても困難である、ということです。

 現在のところ、免疫の低下や消失は死と同じく、如何ともし難い自然の摂理である、ということになりましょう。

 しかし、少なくない生活習慣と努力により、相当程度長寿の場合もあるんで、年寄りと雖も、前進は最重要と考えます。
 
 故に、感染に注意し三密を避けつつ、可能の範囲で、運動や負荷・交流・栄養バランスと少食、健康な食品の摂取と危険な食品の忌避、高熱調理による老化物質の忌避、ストレス・放射能・薬品・汚染その他数多くの危険の忌避など、お勧めいたします。

 まあ、酒籠り・ヤニ好みの私ら左党は明らかに不利ですけど、病因多ければ尚更、健康留意大事、でもありましょう。
 もちろん、もとより、細菌や他の生物に供せられるべきいのちでもあるけれども・・・と。

 ともあれ、場合により冬場前あたりに改めて自粛があるのかも知れませんが、いずれにいたしましても、防疫上の観点から三密回避、効果のあるマスク着用などを続けなくてはなりません。

 もっとも、これ、読経勤行時も着用するようにしてますけど、たまに息が詰まって外しますし、やむを得ぬ外食の際は、外してるわけです。
 今後も注意したいと思います。

 自然上、今のところ我々には老いと死が訪れるに過ぎない。ただし、若くて健康だからと言って、いつどうなるかは分りません。
 安心は無い。油断など出来ない。お互いにある程度は注意しているわけですけど、直ぐに死なない保障もありません。

 生きている今を、出来るだけ大事に、と思います。

 ただこれがまた、年寄りと若い人にはどうも・・・。

 年寄りは、そろそろお迎えなので・・・みたいな方もありましょうけれども、それでも、斃れるまでに何とかあとこれだけ・・・ということに改めて気づかれるケースもあるんです。
 ところが若い方は、将来の社会生活や目標に必要なことが多過ぎまして、本当に大事だと思うことを大事にしてたら、習い事や学び、スポーツや遊びに支障が出たり、やれなくなりかねないかも知れませんので、バランスを心掛けていただければと存じます。

 未来では死ななくなるかも知れないが、やはり変転していく身のままなのでしょうね。

 個としては当て所なく、寄る辺も無い、はなはだ心もとない人生です。生きている内に、大事さに、それでも大事ないのちに、そしていのちの一部を構成する喜びにあることにも、気づけ、ということでしょうか。

 もとより、生きようと死のうと嬉しく、喜ばしい人生以外には、存在しない。愈々確信と自信を持たれ、輝ける歓喜勇躍の世界を真っ直ぐお進み頂きたい。

 想起されますのは、若い頃、絶望に絶望せんならん、と求道者にして友人の平野(晶)が言っていたことです。
 挫折にも挫折せんならん。絶望や挫折していても、人生がはじまらないし、もらえない。
 回心からはじまる姿勢なんでしょうか。

 それ故、仏法は若きとき、たしなめ(蓮如さん)と。生きている間に、好き世界にある身を知り、そこに生きよ、と。
 実は宗教は深遠で死に近いと思われているけれども、精神面と物質面で、個人内と友人関係・対人関係にも、好き世界に導くものなんでして、だから、素晴らしい世界を生きようということで、私が選ぶ。
 信に死し、願に生きよ、と。

 ちなみに彼は全くのポン友、遊び仲間で、授業であんまり会ったこと無いんで忘れてましたけど、多分西哲仲間だったんだろうと記憶します。メルロ・ポンティでやっとそれなりに納得できるものに会ったって言ってましたのが印象に残ります。私はポンティは知りませんし、目通しもしてませんけども。

政権交代への道

 我邦政権交代も愈々具体化をめざされているわけですが、以前述べた基本構想のとおり、多元的で多様な現代民主社会では、多党連帯が望ましいでしょう。
 一般には多数党が好印象かも知れませんから、合併交渉も理解はしますが。

 アナーキーとは諸個人や諸党の連帯であり、政策を巡って一致するものを練り上げないといけませんが、社共要素にお越しいただける政策に煮詰められながら、全員が豊かになれる国造りをお進めいただければ、と。

 大体、行政機構や政党や政権が国民を敵視する傾向が世界的に認められるようになりまして、アムネスティは大忙しなんでしょう。政治どころじゃない、何とかしろ、みたいな?

 無理しなくて好いけども、改革はそれぞれの国の国民の責任です。政権には、国民が主権者にして与党なんで、お忘れなく、と申し上げたいと存じます。

 国民や政府、政界が国を揺さぶるのも、改革していく運動としては大事だと思います。
 しかし同時にまた、極端な反乱や暴動、不満や不安が頻発しないためには、やはり、社会的な補償など調整機能が必要ですし、差別待遇や一元化による民主派・良心派や人権派の排除等々については、明らかに敵や反感ばかり招き続けることになるでしょう。

 書いている最中に、安倍ちゃんが体調不良による辞任を表明されたましたので、一言。
 一身を棄てて政治指導に邁進されるべきかも知れませんが、健康第一です。
 残念ながら政治一族なんで、政治からさっさと自由になって・・・という道は無理なんでしょうけど、政治ばかりというのもつまんないと感じますけどね、私は。
 なお、任期中の災害対応は多く、お疲れさまでした。マスクほかいくつか、有り難いことがいくつかあり、御礼も申し添えます。

 もとより、私は現野党による連帯政権構想ですので、早々に退陣されるべきとしか申し上げませんが、いずれにせよ本来はもっと早く辞任されるべきでしたし、浩宮さん雅子さんのご即位後かな、と思っていましたが、まあ、後見ということがあったのでしょうかね。
 私が云々すべきことでない、国際関係もありましょうし、国民が選んだ政府と総理なんだから、ご自分でお決めになるべきこと。国民の世論を勘案されながら、自民党御自身もまた、続投かどうか、発せられることでしょう。

 さて、述べた通り、皇帝に、どう民主的に国民を大事にしてもらえるのか、とか、左派エリートさん、日共エリートさんに、どう政権にお越し頂けるのか、というのが私のテーマ。容帝、容共で、何でも不問に付すと思われて評判宜しく無いが、現状の多元的世界を概観いたしますに、本来諸個人の平等でアナーキーな尊重をめざしながら、なお、大事なことなんです。

 金持ちにも、貴族にも、労働者にも、農民にも、どう、お越し頂けるのか。体制づくりの政策を提示願いたい。

 現代人はみな、全くのフランス人であり、自由人なんです。フランス人には、我々は違う、なんて言われるかも知れんのですけど。
 もちろんそれは緩やかな幻想の中で、に過ぎない。何ら自由にはなっていないからです。

 みな、そんな体制のはずではない、と思っているし、『彼らは自由であると思っていた』のであるが、実際には何かある毎に、壁にぶち当たる。
 こどもが出来て、子どもの様子を見ていても、すっかり忘れていた自身の子ども時代から、何ら変わっていなかった問題もあって、愕然とするでしょう。
 そんな問題がまだあるのか、と。改めてひどさに気づくかもしれない。それほどの、ものであろう。

 ともあれ政権には、どう抑え込めるのか、どう排除するのか、どう取り込むのか、ではない。稚拙な政治判断、一元主義はもう古い。

 既に体制が破たんして久しいので、多くの調整機能と手当てが必要なのである。
 別に日共さんに限らず各位に、こんな状態に、どうお越し頂けるのか、ということであろうと考えます。

 批判なら、ある。ずっと続ける。と同時に、完璧は存在しない。存在しないが、目指す必要は、ある。

 それぞれ自発的な参画をいただけるには、どういう政権構想の整備が居るのか。せっかくの各集りのいろんな知的蓄積を、どう生かしてもらえるのか。

 先ごろ反共非共を一席ぶたれた古びた前ちゃんもエリートさんではあるが、これからの民衆の生活には、欠かせないもの、それが法則的な経済構造の間隙を埋める、各層尊重の社共要素なんです。

 まあ、思想信条はいろいろでしょうが、また、政治なんぞ、ということもあるんでしょうが、不可欠で否応なく、大事は大事なんです。批判点は批判点として、教団と同じく、間違いもあるし時々怒りで要らんと言いながらも、共同体も必要ですし、共同体の事務機構や各種運動体も、要るんです。

 どうされるか、政治の先生方次第です。国民は政治を、もうほとんど誰も待っていないし、疲れているようにしか、みえないんですよね~。

 如何なる差別にもイジメにも迫害にも、負けたらアカンでー、いつも負けてるけど・・・ってことで、『こころはいつも荊冠旗のもと』『朝を見ることなく』「遠い夜明け」。

 これ『デモクラシーの冒険』で明らかなのだが、世界中で民主が、民衆の尊重、民衆の為、が失われているため、デモや暴動や反乱が多発してきた経緯がありましょう。
 まあ、経済構造と差別ということが、鮮明。民衆の経済生活状態、置かれた生活環境について、どうみるかが問われます。

 エリート官僚はこう見て、政権はこう見て、経済界トップはこう見て、いろんな党はこう見て・・・と、それぞれの国民観と国民生活観があるんでしょう。
 ただ、庶民への犠牲の転嫁をみておりますと、明らかに軽視した質を感じますよね。企業等に対しても例外ではなくて、区分は鮮明で、いろんな業者さんへの対応も、自分たちの都合及び自分たちの願望から判断されてくっきり分かれているみたいな。まあ・・・普通みな、そうだとは思うんですけど。

 自分の業績、自分たちの職業生活等々の都合、自分たちの仕事と色んな種類のテリトリーの増加策動、自分らの生活の安定ややりたいことの実現をめざすから、それは自由でもあり、分るんですけど、寄らば大樹の陰の、親方日の丸依存構造は世界中にある構造的問題が、危機に臨んで、いよいよでっかくなってしまう。

 競争も大事ですし結束も大事ですけど、庶民の少なくない部分が置き去りにされがちであります。
 どうせなら、法則的な経済構造の矛盾もあるので、各層全部に好もしい「社民化」的政策の有用性ということを言い続けて来たわけです。

 主に民衆の尊重、人間らしい民主的で現代的な生活の確立、いろんな調整機能としての保障、などであるが、これは民衆の願いを実現する政策なので、政権や体制の安定をもたらすものでもあるわけです。

 揺さぶりも新しい社会を生み改革していくうえでは大事なことだが、安心して暮らせることがベースに無いと、不安と不満、反感だけが増幅されましょう。

 従前社共には偏向や様々の史的経緯があって忌避されて来た面もありますが、生活保障は体制を問わず緊要な問題です。

 私が言いたいのは、願心はあるが、多くを解決することは出来ないかも知れない、経済構造の改革はそれらに比べれば、極めて安上がりに済む、ということなんです。
 飯を食わせ合いながら、グチグチ論争すれば好い。親子もそうした面が多い、マズいメシになるかも知れないが、たまには飯も美味いことがあるだろう、と。

 少なくとも、大量死・大量悲惨・大量苦悩を招いている状態の、一定の部分の解決に効果的な施策は、実施されるが吉。

 少し話がそれますが、ところで、では権力、非権力・反権力ということだが権力の残存と我々にとっての+-はどうなのか、ということがあるでしょう。

 軽々に結論付けするつもりはありません。権力は明らかに自然的且つ統御されるを要するものであるが、有効性もあり、要請すら、有り得るであろう。
 目指されるべき世界はともあれ、可能の現状打開が大事。権力なるものがある間、どうする、というテーマが、より重要ということになります。

 言えるのは、自分たちの都合、願望があるなら、その「自分たち」が「万民」たることが望ましく、殊に困窮層を先ず以って注目することが大事。∴権力もまた、主として困窮層の為のそれとなり、更にそのことに奉仕し服務できればより望ましい、ということだけです。

 実態は自分たちへの統合に熱心過ぎ、反対派や多数の部分切り捨てや冷淡が横行しています。統合自体が無理で、多数派工作は大事ですが、多様を生かされる方向を望みます。
 また、国家等の政権ばかりではない。さまざまの民間権力運動がある。問題が少なくない。どうされるのか。やはり和平のテーブルづくり。

 ちなみに、例えば、三悪趣反の、尊び合えて認め合えていく世界、バラバラで一緒、差異を認める世界の発見、とは、私の提示する現実の質で言うなら「アナーキーな連帯」がそれに該当するんです。
 しかしこれは、党派を含みます。政党等を含まないアナーキーな連帯はあり得ない。多くは諸党の連帯なんです。今なら、野党連帯で好い。まあ、自民でも公明でも構わんのですけど、経緯と政策を考えると、とても無理だろうと思うわけです。

 さて、「抽象論」はともかく、連合する連帯政権は政策的には80点以上必要。

 今朝テレビで橋本さんが皆100点を求めるけど、間違いだってある、60点で好い方やみたいに仰られる。各党の方々、諸個人でも、個人的には橋本さん、安倍さんも、枝野さんも玉木さんも小池さんも瑞穂さんも山本さんも、60点で好いよ、30点でも好い、と思います。

 ただ、批判はほとんど正しいことが多いわけでして、政治家は批判されるのが当然でもありましょう。あまりぬくぬくと権益に安住して貰っても困ります。
 政治経済はこれはもう生存と生活ですから、点数じゃ無いんですね数字は。円で考えると分かり易い。
 100円要るのに、60円で頷けますか?何としても100点、100円めざしてもらわんと。主権者は国民なんで、あんまり抑えつけられても困ります。

 法則的な経済構造と運動がある以上、自民では世界の政治や経済の構造も変えられないし、庶民の暮らしも良くならない。
 政権交代が必要ですけど、来るべき連帯政権に期待するに当たりましても、根底的な改革をめざしていただきつつも、同時に、老練・老練・老練~老廃土ですいませんけど、過度にラジカルでない、慎重で実態に即して、を願いたい。

 政権交代に期待することを列挙してみますと、外交面では和平と人権擁護を基調に、ユーロ圏やアラブはじめ、A・A・C&SAとの関係の良好化が進むことを願います。このことで相対的に変化は生じると思いますが、私個人は欧米良心派にも信頼して来たので、対米友好は最重視して続けていただきたい。

 中露については、一層の友好化を求めるけれども、少なくとも大きな悪化や疎遠化が無いことを願っています。
 まあ私的には、生活思想上も恩恵を受けて参りました友でもあります。今更言っても始まりません、新たな世界体制を創造するしかありませんが、旧「ソ」「連」崩壊でも「社民化」的政策による東側の連帯があるべきでしたが、非民主的で政策がマズかったことと、反ロ感情が強すぎて瓦解し、愈々民衆軽視の西側化に丸投げチェンジされたことは、まことに残念です。

 しかし、中国では米同様、人権問題がクローズ・アップされたり、力による現状の変更に依存されているようで、危ういものを禁じ得ません。中ロに限らず、やはりナチスやスターリン張りの強権政治や国家主義が好いとは言えませんから、今後が問われると思います。

 経済面では・・・もう、いいでしょう、言わなくても、お分りかと。各層が前向きにはたらけて暮らしていける状態を望みます。

 教育面では、自由にやって貰えて、必要十分なものが身に付くように。欠けているものがあると思うんですよね~。

 コロナにつきましては、これまでは初めての世界的危機ですので私的には不問に付して、事実経過はその代わりしっかり記録して検証、と思ってましたが、実際には国会内で厳しくやり取りがありました。
 大分真相がハッキリして参り、対応の道も研究され、各種の研究も進みましたから、今後はやはり、いろいろと責任が問われるでしょう。

 原発放射能汚染、核廃絶・軍縮と和平運動、ほかにも健全な明るい暮らしの為の課題が山積いたしておりますが、あんまり言うな、やめろ、とも言われてるんで、今は控えますけど、これまで既に十分言って参りましたことばかりです。

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解放への模索

 人間観察結果の一部をディスクールにしたためたに過ぎませんが、まあ、根深いですよね~、私の差別性。

 識別を辞めろと言われても、衛生上、保安上、無理があるし、識別がもう、そのまま差別になるんです。識別から、感性と理路で、評価と判断が行われている。既にして、差別化と選別になっているんです。

 ただ、見据えること、忌避すること、害毒なること、解放への願心が、ございましょう。容認したり、見過ごしたりしない。

 最近代わられたようですが、前の門首さんも視認具で合図を受けて法要を勤められたが、障がい者、まあ、この謂いも差別的なんで嫌いなんスけどろうあの方を門首にいただくことには人権同和センターの一人から評価もありました。しかしその前に門徒の首座が要るのかどうか、また、お西さんなら門の主という制度はどうなのか、いろいろ問いがあるとは思います。

 蓮如さんのお母さんも伝では身分の低い生まれとされてまして、これも問題のある見方ながらまた、少なからぬ被差別層のご門徒を絡め取ってきたイデオロギーの役を果たしたのでしょうか。

 水平社以来の非難と糾弾のなかで、今では幣派も『部落問題学習資料集』も設けられまして、375ページにわたり水平社の紹介からはじまり、多くの前科が挙げられてまして、皆さんよくご存じのはず、なんですが・・・。
 大谷派教師資格取得の課程に於きましても「同和」問題は必修になっているはずなんですけど、根深くて・・・。

 「同和」(同化や上から目線や差別社会への統合のニュアンスもあります)の語も、「未解放」(未解放は、差別している側なんですけど・・・)の語も、この「部落問題」(部落が問題なんじゃない。まあ、問題が無いわけでは無いが、差別が問題なんです)の語も、問題表現でしょうね、やっぱり。
 差別と差別者が、人々の害毒となってきた、問題者にして問題事象なんですが・・・。

 国、民族、人種、性、子ども、身分、障がい、老、病、弱、遺伝子あらゆるものが差別化されて選別されていく。
 差別用語も、なお健在で、皆さんよくご存じ。差別社会の証左になっている。
 一々挙げませんが、ほかに、そういう人種、そういう遺伝子の連中、あんなもん精神病や、あれは障がい者や、女かおまえは、男かおまえは、と、あるもの全部が差別に使われていく。

 観察の結果、この美しい星の人間は、汚したり、差別することが好きらしい、重症でたすからん、と。まあまあ、そういうな、たまには良心派もいるだろう、と。

 公園デビューや無いけど、遊びにも差別が絡むんですけど、邪気が無くていいですね、遊び事自体は。

 J・アタリが以前、NHKのTV番組で免疫という言葉を使ってましたが、ナチでも左派でもポピュリズムやファシズムでも、イズムということへの無抵抗な賛同、疑謗なき信仰、半ば回心がテーマでして、差別に対しても、闇雲にアレルギーだったり、取り込まれて差別体質になり易い、と。
 ものすごく勉強になって学べますね、NHKの教養番組。まあ、NHK単独ではあまり作られないのかも知れませんが。

 いろんな運動や思想に感染して、かぶれて、アレルギーにもなって、苦闘の中から好き道と世界を見い出していく、ユーロ等の歴史もそういうことと受け止めていますが、普段あまりふれないと、代々受け継いだ差別性・排除・壁を大事にすることになりかねない。
 いや、既にそうなっている。

 好い運動もあるでしょう?けれども、それでも批判も非難もあるはず、でしょう?疑謗縁が無いと、信順因も、危なくなり、怪しくなるんです。

 血の中に溶け込んで我々の骨肉になっている差別や権力や攻撃や暴力を、克服は出来ないかも知れませんが、見据え、統御していくことは、真の社会性、真の友たる大慈大悲によって可能です。
 ただ、いろいろ知っているし、何でも出来るけども、自身を知るのだけは、容易でないんです。小慈小悲も無き身という慈悲の心からの自己悲嘆がありましたが、イマジネイションも大への飛躍の鍵かもと思ったわけです。

 きちんと私と私らの問題性、負の人間性も見据えた類としての機の深信と共にあって初めて、人間信頼、尊び合えて認め合える世界ということが具現の可能性を持ってくる。
 機法は顕現が即得であって、深信は同時なんです。

 まあ、感性と理路と、両面でがっぷり四つに取り組むんですけど、事件に巻き込まれない限り、みんな遊んでる方が楽しいんだわな。叱られるけど、邪魔くさい、と。

 ただ、たまには差別問題とか解放運動の研修会に出ないと、自明化してしまって深まりを持てないんで、やっぱり参画が勉強になっているんやけど、仕事に遊びに忙しい、家族も地域も抱えて動けん、と。概ね、良心派の方々も、そういう構造でしょうかね。

 解同の出版物でいわれた「相次ぐ差別事件」は、そこら中でございまして、いろんな企業も政治も自治体も問題を起こして糾弾を受けて来られた。

 県内市内でも相次ぐ差別事件がございまして、何人も殺されて来ましたし、人権同和センター・同宗連など私も個人会員ですが、解同県連の先生方と共に、さまざまの事象に取り組んで居られます。

 敢えて「同和」の字に拘り続けて居られますけど、融和主義の無い、歴史の意味が色濃くみえてくる表現ですから、現実を見据えるものですが、質としては人間の解放。いろんな問題や害毒からの解放です。自分自身からの解放も含めまして。
 すると、誰でもを喜び友でありたいという尊び合えて認め合える、たすかりの世界、如来菩薩の世界です。

 まず、問題化の質をしっかりする。何が害毒なのか。道を汚し害うものは何か。無理せんでもいいし、熱心でなくてもしかたが無いけれども、容認したり見過ごしたりしない。

 人間の自己解放の推進、差別と取り組む、人権も大事な概念ですけど、そういうことと思います。
 どう取り組むのか、長く問題を明かそうとしますが、なかなか十全な提示まで辿り着きません。

 取り敢えず、如来の願心に沿い、負けたらアカンで、退転せざれと、重ねて申して参りたい。

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相次ぐ差別事件&生きるということへの一接近

 っていうテーマで、昔からいろいろ取り上げられていたわけですが、数ある健康の敵のなかには、差別という現実も挙げられましょう。

 その前に、重ねてコロナお見舞い申し上げますと共に、少しメモっておきたいと存じます。

 先ごろ新潟県では八十数名の患者さんが、一人の死者も出さずに全員無事退院され、県当局によりコロナ終結宣言がありました。県と新潟市に表敬し祝意を表明します。

 しかしもちろん、その後も東京から来られた方や、上越地域でも新たな患者さんが数名見つかりました。
 それでも今のところ、極めて少ないわけでしょう。

 自粛期間中も、集中的に患者さんが見つかった新潟市と異なり、特に上越地域では患者さんが首都圏関連数名だったため、飲食店等も何とか営業を続けて居られたところがありましたが、終息宣言で、愈々多くの施設も通常営業に近づきつつあったわけです。

 スポーツやらない人や嫌いな人も、一般には接触を避けつつ軽運動や自主トレで身体を動かすことが、多少とも必要でしょう。何とか症候群の懸念もありますし、精神的にも、体調的にも、いろいろ好ましくありません。

 でも、専門の方は、濃厚接触の種目では、私なら、他者への感染には留意しながら、たとえ感染しても団子状になって仲間内で集まって自己隔離して合宿して・・・と。若ければ間違いなく、そうなったと思います。
 ただ、同時に、これは親としても、若い方々にも、無理すんなと言いたいと思います。危険な競技種目も散見されますが、辞めときなよ、と。

 お医者さん監修のコロナの赤い本をコンビニで買いましたら、ジョギングは10メーター離れて、とありましたが、20メーター以上を勧めたいと思います。

 被感染者の発症後の症状の程度は、無症状10パー以上 軽症70パー程度 重症・重篤15パー前後。実際は、概ね軽症80パー・重症10パーと書かれていますが、数字については慎重であるべきと感じております。

 アジアや日本の場合は遺伝子のせいか、重症が少な目で、お亡くなりの方は本当にお悔やみ申し上げたい。

 また、無症状は10パーとされるが、無症状に近いほど検査を受けないし、医療機関の受診もしないから、実際にはもっと多いであろう、とされています。私的に考えても、さらには、今年は花粉症がキツイ、とか、風邪をひいた、ということで、軽症のパーセンテージに含まれないまま治癒したケースさえ、あり得ましょう。

 以前から言われております通り、60歳以上の高齢者、持病のある方治療中の方は重症化し易いうえ、殊に高齢者は免疫ゼロもしくは低免疫であって、免疫細胞自体が作られ難く弱いため、あらゆる感染症に何度も感染する可能性もあったり、治癒しないかも知れません。
 反面、若年層では重症化は極めて少ないようです。また、コロナに限ればA型は弱く、O型はやや抵抗性があるというデータもウエブにありました。

 その比率は低めながら、重症化の場合は、後に後遺症残存・死亡などがあり、油断出来ません。要するに、感染及び重症と重症化だけがテーマであると言っても、過言ではないと思っています。

 総合判断すると現時点では、高齢者と持病者はアブナイ、ということであろうとは思ってますが、更なる統計手法の研究結果を待ちたいと思います。

 今後往来と交流により、幾分感染が広まる懸念もありますが、注意深くやりすごされるよう、希望しています。



 米黒人問題がクローズアップされてますが、被差別的待遇であると疑いなく、経済的困窮が多くなり、劣悪な環境と条件が押し付けられたり、重症化率や死亡率が高まる。

 健康シリーズで、OILとか食品、身体の運動その他を考えて参りましたが、今回は健康の社会的条件と、精神の健康について、差別なき世界。
 仏教的には四無量の世界でしょうかね。

 身体の健康もだが、差別の無い世界が、身体や心の健康、明るい生活には重要です。もちろん、差別と対峙していく考え方と姿勢自体が健全にして、たすかった姿ですけど、世間のことは、面倒ですね。

 本稿では、差別・被差別に真向わざるを得ない現代人の、多くの様相に十分アプローチするところまでは、とても及びません。
 今後、それぞれの立場を持つ諸個人にとってどうなのか、ということの探求が更に進められることと思います。

 ただ、政治にシフトされる方々に於かれても、社会でも経済でも地域でも家でも、現状では、必ずこの問題にぶち当たる。

 差別被害を目の当たりにされることも珍しくないでしょう。原則的な姿勢をたもってください。勝った方が望ましいけども、根が深いんで、勝てなくても構わないと思っています。
 ただ、黙って永代、対峙していただきたい。負けたらアカンで、あんちゃん、ねーちゃん、と。

 既に在る一つの差別が無くなっても、次が生まれるかも知れませんから、何十年か、何百年、何十万年か分りませんが、寿命を尽くして対峙されるほかないんです。
 それが、信心=友なる世界の獲得、人間性に於けるたすかり、自己の成就でもあるんです。

 無理する必要はありませんが、常に応援支援もあるんです。ただ、負けたら、アカンで、と。

 もっとも、社会運動をお勧めしているわけでもないんです。
 むしろ面倒な事態を避けて、能力を生かしたり、バイトでも何でも穏やかに勤務しながら社会や政治を回避しつつ暮らせるのが、賢いなあと、思いますね。面倒なことばかりで、頭が痛くなるんです。やりたいことも出来んし、みたいな・・・。
 運動やっとる人に叱られるかも知れませんが、ずっと取り組んでますと、他の事柄への従事が出来なくなることも、あるんです。

 まじめに受け止めて問題意識を受持する必要はあるんですけど、四六時中やるのは、宗教や政治や社会方面の専門家しか難しいんやないかなあ・・・と。

 ただ居るだけ、何か動いているだけが好い、意味など要らん、それが人間でもあるわけです。子どもでも、屯して活発に騒いでるのが嬉しいし芳しい。

 しかし私ら宗教や政治や社会に携わる者は、そんなわけにはいきませんよ。
 同宗連もありますが、自身を被差別民と位置付けて、進むべきと感じます。専門外とは、言えないはずです。
 運動やってるヒマが無い、は通らない。一部の人に任せておいて、という姿勢も、通りません。

 まあ、運動だけが人生とは思いませんから、四六時中とは参りませんし、別の分野や職務に忙殺されることも普通ですが、必ずシフトしていないと、拠って立っている教・願心と姿勢が、政治なら政治信条が、問われましょう。

 イジメ問題に限らず、政治、就職や友好など、どの分野でも問題を産みうるのが、差別・抑圧・分断・排除ですので、常に意識を持ってシフトしていく必要は、あるということなんです。
 そもそも差別は尊び合えて認め合える無三悪趣の世界、友の世界、願心に背く。

 だから、頑張ることは願われてはいますけど、勝てなくても好いし無理しなくて好いけども、目をそらしたり、逃げたり、見過ごすのではありません。しっかりした願心の姿勢を整え、負けたらアカンのです。

 被差別状態に置かれて来た方にとって問題は、ハッキリしている。
 忌避するに決まっている。差別社会だから、バレると困るし、やはり個人的には社会も運動も自分の目的や暮らしの邪魔になるので嫌い、っていう、出身や血筋にかかるケースもある。
 また、肌の色でハッキリ差別を感じたり、バレているケースもありましょう。

 前者の場合、事件が起きてから、否応なく直面していく。
 後者の場合、積極的にか消極的にか、否応なくずっと向き合い、闘う。まあ、取り組む、ということでしょう。

 特に被差別状態に無い場合でも、政治や社会は、差別社会だから当然差し障りが出るが、逆に言えば政治や社会運動の、まあ、解放運動も右翼も左翼もあるけれども、ひとつの課題でもあるんです。

 次に、あらゆる産業と業務は、この問題と不可分である。面倒だから口にしないが、差別待遇が解放同盟はじめ解放運動に随分たくさん糾弾されて来た経緯もございます。
 労働法その他差別法制もテーマとなりましょう。アートも芸能も、本来はかなり離れがたい質を持つ。

 比して分野として、科学やスポーツやゲームや遊び事は、自体ご縁が薄いと感じてますけど、如何?
 まあ、勝負事っていう問題性は、あるはあるけど、それも一つの大事な楽しみや要素にさえ、なっているわけです。
 それだけに、実生活では、常識や日常の意識を深く支配している差別に絡め捕られていくことが大半です。意識が薄い、関心が無い、抵抗も無いから、社会的免疫も無い、と。もちろん、巻き込まれて初めて、直面するケースございましょうし、おかしいということで立ち向かうケースもございましょう。

 7/7は七夕ですから、年に一度の織姫たちとの邂逅があり、そこら中に投げキッスをしなきゃいけん、うる星やつらみたいな彦星も居られるかも知れませんね。

 女性の場合、差別に気づかない、女らしさとか、女の在り方みたいなイデオロギーもあるでしょうし、害されて初めて気づく、気づくけれども、事態が把握できないみたいなことが、あるかも知れません。
 天の半分は女、ということもございましょう。
 性差も影響してくる。

 さらに問題を複雑にしているのが、これは某筋から仰られたわけですけど、女は、不幸では無いはずなのに、主として男によって随分不幸にされていると思います。
 快くリリックに夏の夜、月夜の海辺に、私一人、巡る想いに浸りたい・・・みたいなことが出来ない。

 ええ・・・狙われてるんです。慢性的に。
 まあ、同性愛でもあるんでしょうけど、パンティー泥棒。痴漢に盗撮。舐めるような嫌らしいドスケベエ視線。挙句の果てにはレイプ被害。

 これも半ば自然性を背景にしてるかも知れませんから、面倒極まりない。
 もちろん、自然性を統御する社会性に、我々人類の真骨頂があるから、口実にしたり言い訳にしてはならないけれども、なかなかそうなっていかないのでしょう。

 人にとって悪とか害というのは、無視・軽視・侮蔑・攻撃・差別に分断に排除に抑圧、敗北や不運ということでしょう、三悪道と等質なんです。
 尊び合えず認め合えていかない。

 けれども、そうするつもりがなくても、差別して追い詰めることと、同じことになることが多いのが凡夫。もとより、いやしき差別者たることを免れません。ことある毎に、差別誹謗中傷し、悪口罵詈雑言の塊になっている。

 取り組むとか、負けたらアカン、シフトすべきとか言いましても、それは後で、って感じで、一向に啓発は進みません。

 一つは、社会は大事なことは分ってるけど、邪魔くさい、仕事忙しい。
 そんなことに取り組みだしたら、関心事の学業、楽しみ、科学にもスポーツにも、差し障りが出る。運動に関与される方でさえ、政治や社会運動の専門家でない限り、そう感じる人があるに決まってるんです。
 運動やってる方に叱られますけど、大事なポイントと感じます。
 社会的であっても、四六時中社会性に一元化された人間も人生も、あり得ません。

 一つは、差別は怖い。当たり前なんです。政治も社会も怖い。差別する側が、悪どいんです。同和は怖い、怖く無いけども、差別と差別者は怖い。差別社会だから、差別問題にかかわるのは不利になる、損である、と。
 これが、社会を差別が支配していることの証左になっている。証明になっている。

 過去既に、一杯殺されてるんです。最近も多数殺された。それくらいひどいけれども、負けたらアカンで、と言っておきたいと思います。

幣派法規総覧の「真宗同朋会条例」より

(同朋会の本旨)
第二条 同朋会は、教化基本条例第九条の規定に則り、会員が自らの上に教法を聞き開き、その自覚を生活に生かし、もって健全な社会の形成に寄与することをその本旨とする。

 「健全な社会の形成への寄与」ということで、健全とか健康という言葉を多発して来ましたけど、このところ漸く、少し理解が深化して、明瞭になったのかな、って感じてます。
 久しぶりに私の日々から出発する社会や社会運動、差別について、全く不十分の感を脱しませんが迫ってみました。

 私の場合は既にして諸個人・諸運動・諸国家に非常に緩やかで穏やかながら濃厚接触してます。このテーマに限らず、専門でも専攻でも無いのに、嫌だ嫌だで、ホホホイのホイってコマーシャルみたいに、吸い寄せられていく、みたいな? ですので、べったり四つになって、既に回しもしっかり取られてまして・・・むしろあまり皆さんの参考にはなんないかも知れません。

 問題が取り組まれて以来、隠蔽せずに真向かうということが進み、表立った差別事件は減ったかも知れませんが、隠然たる差別性があるんです。
 いまだに会議や法話などでも、頻繁に差別言辞や表現が使われたりする。

 まさに、相次ぐ差別事件、って感じで、過去の例では糾弾への回答書の内容が、また差別の露呈になっとる。

 幣派内外、各宗派の過去の差別事件も含めて一部を振り返ってみます。

 同和靖国やっとるヒマが無い。(信心の課題としての差別との取り組みを排除)
 女に安心(あんじん。=信心)が分るのか。女のメンスみたいなもの。オンス。(女性差別)
 被差別部落の寺を「穢多寺」と蔑視。
 差別法名・戒名。栴(旃)陀(羅)、須陀羅、畜、革、卜、非、下、屠、草などの文字が使われているケースがある。
 (被差別部落は穢い、と)草履を履き替えてお参り。
 それは特殊部落みたいなもの 何も自慢にならぬ、と差別発言。
 嘲笑・侮蔑・軽視・差別を込めた「半島の人」表現。
 難波別院輪番が職員の被差別部落出身たることを告げ、男女交際を破壊。
 日本には部落差別は無い(あるけれども、恥なので無いと主張)。

 部落解放同盟の糾弾を受け、差別性が問われ、教相とそれに生きる教団と集う者が問われはじめたんです。

 ちなみに、’68’69と親父は大阪教務所主計であり、中学生になった私は一緒についていったわけですが、当該難波別院輪番に挨拶したことがあります。

 差別の克服に取り組む、ということですから、解放運動を進める側、被差別者の側からの色々の指摘が、メインになるはずなんです。

 ちなみに、各宗派とも長く取り組んでいるということになっているが、一部の人が頑張って来ただけで、全く共有されていません。

 以前ほどひどくない、というだけで、隠然たる差別は根付いており、蓋をして無視する構造に近く、ことある毎に、露呈する。

 しかし、何時差別が激化してもおかしくない、それが融和ということや、この隠然たる差別心なんで、油断してはいけません。

えぴ

 鍵は、人間を喜ぶこと。摂取不捨の四無量心です。
 AIでは、イマジネイションを言う。

 身近な方々への小慈小悲の大への飛躍、それは、他者へのイマジネイションに鍵があるのかも知れませんね。
 思いを至らせる。思いが、至るんです。思いが、自らを明知し、自身に即して開発されていき、ついに自己を成就していく。

 喜び、友とし求め、慈しむ。
 同時に、同感・共感していく、同悲です。

 膝の上に小さい子を抱っこして可愛がり、活発で奔放な子どもの姿を喜べ、ピカピカの若者の姿を喜べる人間であったり、また、かかる人間であることを願う者であったりすること。

 差別にはそれらは無い。スポイルされ失われているんでしょう。
 差別は主に差別者を不幸にするんです。
 人を喜べない、友の無い不幸である。仏教からすると、たすからん姿、ということです。

とても大事な、生きること

 話は変わり、長くなり恐縮ですが、先ごろEU主要国でコロナ基金が決定された報道がありました。歓迎するし、数パーセント評価しますが、他の経済上の諸要素や法制が放置されると、独占が進むだけ、債券支配が進むだけ、格差が拡がるだけ、インフレの可能性さえ、ある。金額も足りないと思う。

 また、地域的には、スリーA諸国が大事だろうに、とか、IМFとはどうなのか、とか、旧東欧圏とはどうなのだろう、皆困ってるはずなんだけど、とか、紛争地域の方々が軽視されてるんやないか、とか、いろいろ思われて参りました。

 まあ、これから、ということもあるのかも知れませんから、現時点では好意的に受け止めておこうとは思います。

 何しろ、マルクスよりも高い山に居るためか、峻険な評価ばかりになりがちでして、高すぎて地上が見え難く、はるか夜空と星々ばかり、みたいな?

 ジョークはともかく、大事なこと、価値は、他の生き物もですが先ずは人間と、人間が生きること。

 これは私的にも物足りなく感じますし、業績を重視する方からも、まじめで仕事熱心な方からも、熱心に社会運動を進めて居られる部分からも、叱られるかも知れませんが、大慈大悲の人間を喜び友を喜ぶ処をベースとするなら、ただ居ることと少しでもその人が動いたりしている所作一々を、喜ぶ。存在自体を喜ぶ、年寄りも子供も同じなんです。存在を喜び、求めている、それが私らでしょう。
 このようにも、思うわけです。

 先ごろ嘱託殺人容疑で医師が逮捕されましたが、ALSの患者さんは、辛いものがある。
 関係者全員に寛容を求めますが、愈々、人間観と人間の価値を実感いただくべきでしょうし、尊重していくケアと政策、体制が大事と思うわけです。
 ホーキング博士も、交際多く攻究忙しく対論多かったでしょうけども、スポーツ好きで在られたらしいし、辛いもんがお有りだったと思って居ります。

 特に活発な方がリタイヤを余儀なくされるのは、傍目にもひしひしと伝わってきて、辛いもんがございます。迫りくる危機と対決されることを望むと同時に、転身を強く望みますが、条件、環境が整わないことには・・・と。

 ともあれ、政治や情報、教育、医療、交通など生産関連サービスを含む生産加工供給は、生きる為に、ゼッタイに欠かせません。

 すると、私などもそうですが、即物的な実業・実学・実務重視派からいたしますと、本能的に基幹産業と生産加工供給が大事という感覚がしみ込んでいる。血肉に溶け込んでいるわけです。

 主要な生産産業ではなくても、もともと思想やアートでもスポーツも不可欠の分野と思っていましたが、その他のサービス関連については軽視しがちであった。

 欠かせませんが、何度となく訪れるXデーに於ける地球脱出を考えて居ります内に、資源や環境やエネルギーへの悪影響も避け難いかも知れない、すると、物質=宇宙自体を創造出来るようにならない限り、未来人には恨み抜かれるに違いない、と思うようになりました。

 もちろんほかにもいろいろ問題もありまして、経済などの人間観やイデオロギー、経営だろうと労働だろうと事業従事の在り方にも問題はあるのでしょうが、それ以前に、未来に陥穽をもたらす懸念も、感じるようになりました。

 ということで、端的な、ただ生きているだけの人間の尊重ということと併せて、最近考えが変わりまして、何の役にも立たんことや社会性の薄いサービスの方が、全人類的に害毒が少ないのではなかろうか、と。
 いつもの倫理性ケッペキ症からも、思われるようになります。

 まあ、反面教師的な存在さえ有用であるので、役に立たんことを探すのは、むしろ難しいような気もいたしますし、実際にはどなたも、存在しているだけで、役立っているんですけども。

 役に立たんということは、無害なんです。ただ一点、悪影響を与える、という意見がある。見本にしてはならない、という人もありましょう。
 確かに問題点かも知れませんので、留保しておきたいと存じますが、それでも、マイナスの役に立つ在り方よりは、マシだ、と。

 世の中には、マイナスの役に立つ、負の遺産、負の歴史があり、人間の内部にも人間生活にとっての負の諸要素・諸側面・諸傾向というものがあるんですね。
 つまり、分りやすく言うと、悪です。自己を害い他者も害っていく害悪がはたらく。

 思想や宗教も、政治も頑張ってるから、褒めてあげたくても、あれでは、到底無理というものであろう、ってことが少なくないですね?人々の害毒になっていらっしゃることが、少なくない。

 95種道を汚す、と言って、心や姿勢ばかりではない、行いも含めて、たくさんの大問題が含まれているんです。
 正当防衛でも、武力行使の殺傷自体は望ましくありません。やむを得ない警務的な軍備も、なお、残ることは仕方がない。ですが、例えば「正しい戦争」で敵を一杯殺したから評価したいけれども、すべきでない、許されざる身である、そういうことに加担する私らである、と。

 非難や批判や悪口雑言は、全部正しい。特に庶民が普通に言うのは正しいことが多い。色々と嫌い、嫌われてますから、要らん、となるが、それでも本来的には要るんです。
 反面、称讃は宣伝や自己正当化を意図したもの以外、滅多にありませんが、これまた庶民が言うのは、概ね正しいことが多いんです。

 ともあれ、さまざま人間に付随したものに賛否・善悪・好悪評価があるけれども、人間の値打ちには何らの障りになりません。端的に人間を喜ぶ無差別の往生には、障らない。無碍です。

 話が逸れちゃってすいません。どんなお仕事でも、大事です。もちろん、仕事してなくても、大事です。
 ただここに居る、というだけで、既にして役に立ってるんです。
 胸を張って、私は生きている、有用だ、と思い、言うべきです。

あとがき

 コロナもまだまだながら、農作物の長雨と日照不足だけは、どうもならん感があります。
 豪雨災害もありますし、次々、って感じで、「相次ぐ自然災害」にも悩まされ続くわけです。


きゅうりの第一波。やっと摘芯の適時を迎えました。


前畑の全貌
ってことで、恒例の・・・「雑草畑」図



ゴーヤーのグリーンカーテンは、秋には何とか出来るといいな、と。


 ガーベラは枯れててアカンな・・・ってことで放置してたんすけど、葉が出て来て、やや枯れ気味になって、また出て来て、というところ。花どころじゃない。チューベローズもなかなか発芽しないので、去年も掘り出してまた埋めてやっと・・・でしたが、今年も遅く、梅雨時になって発芽しました。

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新型コロナウイルスについてー5 etc.

まだまだ長梅雨が続くそうで、愈々、洪水・土砂崩れほか水害にご注意願います。このあたりも例年と比べて多いように感じてますので、油断出来ません。

 さて、今になってみますと、コロナは感染症の医療問題なので、政治家が前に出て色々されているのも、そもそもおかしいような気もいたして参りました。まあ、世界的な自然災害となると、共同体全部で頑張らざるを得ないわけでしょう。

 専門家会議解散騒ぎもあったが、専門家・有識者と共に政治責任を持って、お進めいただくべきがコロナ感染症へのベストの対策なのでしょう。また、責任と言っても、未知に近い事態で、取れるのかどうか、何とも言えないように感じます。誰もが最善を尽くしていくしかない。

 現在、日々世界中への感染拡大が進んでいるみたいでして、日本でも首都圏を中心に、いきなり感染者数が増大しはじめました。やっぱり、みたいな?マズいような気がしていたわけですけど。

 必要最低限の交易以外の出入国は、医薬の整備後になるはずであるが、そうなっていない。大きな懸念がある。
 出入国関連の接触自体も、また、入国の際の待機も、しっかりしていかないと、再びあっという間にクラスターの原因になりかねないと思うが、大丈夫なのでしょうか。

 まあ、三密を避けることはずっと言われているが、ゼロになって、更にしばらく経ってから初めて、取り敢えず各国とも国内だけでも、経済の再開が出来るわけである。

 ところが中途半端な見切り発進のまま自粛禁足令が解除になり、感染再拡大が起きつつあるんです。
 せっかくロックアウトした国々までもが、再び感染拡大に向かう可能性があり、少なくとも、全く根絶されていない。
 一部の情報では10パーほどが無症状のまま陰性に推移するそうだが、依然として死や後遺症に至る方が増大する懸念もあるんです。

 繰り返すが、十分効く薬はまだ無いし、密閉空間と濃厚接触で感染はアッという間に広がり易い。

 ということで、一部業務を除いて、復旧はお勧めしかねる現状です。このところずっと政治が言ってきたのも事実上、仕事するな、ゲインを諦めろ、ということだったわけです。

 ただそれが、イコール死ね、ということでは、困りますから、そうである以上、これまでの経済感覚ではやれない、戦時中と同じで、価格統制と生活物資の全員供給が要りましょうし、加えて、損失補填等々をお進めいただくしかないのでは?一部行き渡らない不備があったようですから改善を求めますし、とても間に合わない感は深まりますが、国民全員への現金給付も評価しているわけです。

 まあ、国家主義でもまずいから、先ずは出来る限り安全な交易と必要不可欠なお仕事への従事をお願い出来るだけの、保安ラインの確保が大事。ビニールカーテンやアクリル板による仕切り、マスクも換気も三密の回避も指導いただいたことは歓迎しているんですけど、医療従事者の保安環境整備と共に、更にお進めいただかないと。

 「コロナ以後」はまだまだ先かも知れませんが、そろそろ、責任は不問に付すとしても、発生発見からいろんな対策のプロセスにあった問題点を見据え、今後に備えていくことは始めるべきと思います。いや、既に始めていただいているんでしょうか。

 医療関係の意見と運動が、メインになって参りましょう。

附;最近の健康情報

 ・・・付録の方が大きくなってすいません。明るい農村シリーズにも、なりますけど、農事に関係しつつ、コーヒーや茶。

 いつも激安コーヒー豆とか、ティーバッグ数十パック入りのスーパーの緑茶、ほうじ茶、偽ウーロン茶、偽ジャスミン茶など飲んでますけど、もはや健康には欠かせない「生命維持装置の一つ」とも、言えるでしょう。

 モットーは実用・実務・実利実益・実学・実業・現実ということで、生産・加工・供給を救援事業や生活事業のメインに据えているわけですが、コーヒーなども飲用方法(食前食中)によっては血糖値急上昇のスパイクを減らします。

 茶は日本では、そして私個人もグリーン・ティーが多いのですが、茶のタンニンや諸成分も身体によく、ポン酒は飲みすぎないように、コメも続けながら、耐性ある身体づくりに励みましょう。

 体制と政策と党、一言で言うと政権批判は山積ですがチャイナ・ティーも好きなので、値段はスーパーの倍以上かかりますけど、ウーロン茶・ジャスミン茶・プーアル茶など、たま~に通販で取り寄せます。

 国産海外を問わず全部そうですけど、中国茶は農薬が心配なので先ず洗茶、成分は減りますけど、二杯目からいただきます。
 成分が全部流出するわけではありませんが、逆に言うと、抽出されない農薬がそのまま茶葉に残る面もある、とも言えましょう。

 なお、健康維持には効果もあるそうですが、コロナ対策には、意味薄でしょうから、当てになさらないように・・・。

 食物資源破壊にも関連しますが、以前、TVで塩害を中心とする農事の問題を取り上げていまして、コルフォーズやソフォーズと言わず、大規模生産の中で塩害でダメになり、放棄された田畑が取り上げられていました。
 今も世界中で耕作できなくなって放棄された農地が増えているようです。

 森林の伐採やパームOILやアルコール燃料用作物等も、農地破壊・環境破壊の問題とされています。私は詳しくありませんが、ほかにも同様の、また別の問題も、あるのかも知れません。
 急な改善は難しいだろうとみていますが、例えば、あまり農地や森林を破壊しなくて済む代替品を見つける必要もあるんでしょう。

 塩害も同様に、取り組み方法の変革が求められているわけですから、好い方策を探す必要があるわけですが、どうなんでしょうね。

 塩は事実上無尽蔵だそうですが、乾燥地での灌漑は地表の塩分濃度を高めるので塩害を招くそうですし、化学肥料などが残存して金属ナトリウムと結合したり、除草剤=枯葉剤が残留したりで、土地のコンディションがさらに悪化し易い。

 この頃は分解されたり流されて流出し易いようになってきたとされますが、昔の農薬は分解や「半減期」が10年以上と長く、また強力で鳥も獣も絶命するので怖くなったといわれます。依然として留意が必要だと感じます。

 ヨーグルト、乳酸菌まで混ぜている熱心な方もおありですけど、鯉や合鴨などと一体に水稲をやったり、有機肥料も含めて農薬その他はなるべく少なく。使わなくて好いものは、使わない。特に問題が無いならば、だが、石灰は多少とも使うようにする、外見や出来栄えの評価基準を下げる、食味も身体に好い方向で辛抱する、そうした努力が要るようです。

 現時点ではそういう努力ですが、問題が出る度に、素早く対応されることが大事だと思います。日本は瑞穂の国なので水害ばかり目立つようで、水不足は少なく、何もかも比較的流れ易くはあるんでしょうけど・・・。

 また別の番組では、農作物の摂取によって体の具合が悪くなって終に働けなくなった中国の方のお話しが取り上げられていましたが、原因が分からなかったが農薬作物を辞めて体調がよくなった、と。野菜が、猛毒の蓄積によって健康を害する食品みたいな、本末転倒になっている。

 ひところはJAさんもお手本のように「ソ」「連」等に見学に出向かれたものでしたが、もったいない、せっかくの広大な農地が、と。
 科学の力で破壊されていくことのないよう、善後策を実験いただければ、と。それこそ、同じく科学の力で、自然を生かして。

 植物は病気、ということで、ヤバくないものは無い、みたいに思われたりもしますが、お肉も抗生物質漬けで、やっぱりヤバそう、みたいな?
 これはもういろいろな汚染もございますから、お魚もやべーし、どないしよ。
 商売も大事ですけど、一辺マジメに方向を考えていただければ、と。

 TVによりますと、焦げなどは色素沈着の原因となるようですし、加熱調理により老化物質が増加するので、蒸す、煮るがよく、レンジ、炒め、揚げ、など高温処理は好ましくないそうです。

 たまに炒めたり揚げる場合も、あまり高温にならないことが大事みたいです。そういう意味では、茶やコーヒー豆の焙煎も注意深くされるべき、なんでしょうけど、そんな面倒なこと、一般には出来ませんよね~。ただ、ご自身で調理される場合には、ご留意されることをお勧めいたします。

 この間から不健全なる差別事象についてアプローチしてますが、これは幣派法規総覧の真宗同朋会条例の健全な社会の形成への寄与ということで、まとまらないままでも、近々アップしようと思ってます。幣派解放運動推進本部もありますので、メインの運動になってきたはず、なんでしょうけど・・・。

 昔はポップス・ベスト・テンか何かでビルボード・ヒット・チャート聴きながら、パイオニアのチューナー買ってFMエア・チェックしつつ、LP集めるっていうパターンでしたが、ユーチューブなどウエブやTVが多くなりました。

 TVでたまにアーティストやファン批評家のお話しにふれてますけど、ここはもう、音友でしたかステレオでしたかレコ芸でしたかポップス評をよく読ませてもらってた湯川レイ子さんや、DJ渋谷陽一さんやラジオ局の懐かしのメンバーなども含め、ディスコTVといわずB・H・USAやRTVほか、いくつかの局を超えて、何週も続けて色々喋ってもらえたら楽しいかも、って思ってます。

 コロナ以後になったら・・・とも思ったんスけど、ええ、すいません、お年なんで、早くしてもらわんと皆死んでもーたらどないしょ~、みたいにだんだん心配になって来ちゃって・・・。
 言いたい放題みたいになって色々出て来るかも知れませんけど、今の若いファンにも好いんじゃないかな、と。

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 女子プロレスラーの木村さんもそうですけど、男はやはり合わんだろうし、女の気持ちが分らんので、千度繰り返して斟酌して、その社会的地位の向上、個人としての尊重に心掛け、女の気持ちに寄り添うべきかと存じます。
 それが男というものだろう、と言いたい。
 まあ・・・傷つけ合う関係でもあるんで、胸を張って言うつもりはありませんけど。

 たとえば元都議の女性から、小池さんに任せとくと解決しないという声も届きましたので、代弁しておいたわけです。
 女の支持も多かったようですし、安心感もあるのでしょう、私らも好いものが感じられていたんで、小池さんにも期待しますけど、この点、少し保守に過ぎるかな、と。
 まあ、保守だから、難しいんやろうけど、とも思いますが、女の支持をバックに、もうちょっと、踏み込まれては。

 とにかく政治の堕落って言っちゃうと、野党じゃおもしろくないから、ってんで、水道方式みたいな利益誘導に導かれて自民ばかりになっていく、あるいはすり寄っていく、自民も悪いばかりじゃ無いし、分るんですけど、それじゃ問題が先送りされるばかりです。

 自治体や国におもしろさも活気も無くなったのは、世界の資本制や統制経済や独裁や独占の限界が露呈して、構造不況を招いたからでしょうけども、やはり有権者の招いた自民党政治の結末と受け止めています。
 非友好的な人間観に問題があると感じてます。

 こうしたい、このようにして差し上げたい、こうなってもらいたい、その方向を、率直にお進み頂きたいもんです。

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 15年くらい現役の流罪Tシャツ、臭っさあ~、みたいな?加齢臭だけやない、人間の臭みもあるんかなあ。ええ、すんません、あんまり言わんとこ思ってたんですけど、身体に悪いもんで、言いたいこと言っちゃいまして・・・。

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 都政の詳細は存じませんけど、かつてのAさん、Мさん、Iさんなどの都知事時代、いろんな問題はあったけれども、言ってみれば「自由東京時代」だったんやないかな、と。

 それが終焉を迎え、言ってみれば「束縛と迷走の時代」みたいになったことは、「若く自由でこれからを感じさせる東京時代」の一ファンとして、とても残念に感じてます。

 そういう点からしますと、どなたが当選されても政局運営は窮めて困難、と思って居りますが、特に二名の方の落選を残念に感じているところです。

 もともと、現職有利だろうな・・・って感じでしたけど、女性差別への取り組みに問題を感じながらも女性でもあり評価点も色々ある小池さん批判は差し控えて来たわけでしたし、今後も批判は差し控えようと思いますが、それにしても、Yさん・Uさんには、落選されても多数の得票を、と願ってたんすけど・・・。

 まあ、年令は私的には合格ラインながらちょっとラジカルかな、っていうYさん、年齢的にどうかなということだったUさんですが、年令を言いますなら小池さんも既に大ベテラン。

 今回の小池さんの勝因は・・・もうちょっと若くて、安定感のある、民主的で明るい良心と良識を備えた魅力的な女性、みたいな方を対抗馬に出来なかったことやないかな、と、勝手に思ってます。

 今後の都政に期待するものですか?
 前回申し上げたはずです。
 都議会の女性都議差別事件の解決でして、先延ばしせずに、しっかりした反差別の質を徹底いただきたい。

 自由、希望、憧れ、未来、アートと創造、華やかな明るさ、美・・・そういう東京とは、先ず以って、差別の無い社会なんです。東京臭くてすいませんけど。

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 以前述べました通り鹿児島で8.6水害、台風13号を体験しました。新潟でも震災のほか7.13水害ありました。

 これから更に被害が拡大するかも知れませんが、九州南部にご注目いただき、無理のないボランティア、救援金、地域産業の名物取り寄せなど、呼び掛けたいと存じます。

 私的には前回は球磨焼酎でしたし、長く玉名の肥後馬刺し取り寄せてましたけど、南洲にも名品が多いと思います。先々の課題となりますが、同じ人間同士のことですので、どうか、宜しくお願いいたします。

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